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ユリス・ナルダン

 
       
      いつもこのコーナーをご覧戴きましてありがとうございます。天丼食べにいきましたか? 常連さんでよく行かれる方がいました。その方が“大黒家の天丼”は好みの別れる味で好き嫌いがハッキリでるから。でもそれが店の味になっているから良いんだよと言っていました。なるほどと思いました。話の種に是非食べに行ってみてください。今度また違うお店もご紹介します。前回ユリス・ナルダンについて少しふれました。ユリス・ナルダンについて書いてくださいとリクエストを戴いたので今回はお答えします。
  ユルス・ナルダンは1846年スイスのル・ロックルで創業されました。創始者は“ユルス・ナルダン”です。スイスのブランドは創始者の名前を取っているのが多いのです。操業当時から船舶が航行する際その方向を確認するためのマリーンクロノメーターの精度向上に努めました。天才時計師ブレゲの生誕100周年を記念したコンテストでユルス・ナルダンのマリーンクロノメーターが1等を受賞しました。これにより同社の名声は不動のものとなり各国の海軍や造船所に正式採用されていきました。意外と知られていませんがスイスの時計ブランドの中で一番多くの賞を取ったメーカーがユリス・ナルダンなのです。ユリス・ナルダンは日本との関係は深いものがあります。世界のセイコーが時計を造る時に目標にしたメーカーがユリス・ナルダンなのです。
  それからマニアの間では有名なスイスのニューシャテル天文台のコンテストの件があります。このコンテストはとても歴史と伝統のあるコンテストでした。ところが、ある年結果を発表せずにいきなり廃止してしまいました。そのため噂でしかないのですがその時のコンテストの上位をセイコーの時計がしめたので! スイスのメーカーとしてはプライドがあるので発表ができないのでコンテストを廃止してしまったらしいのです。ヨーロッパの文化らしいですよね! そのニューシャテル天文台のコンテストでも一番多く賞を取っていたのがユリス・ナルダンでした。意味が違うかも知れないけど。なんか“出藍の誉れ”という感じがします。
  こういうこともありました。明治維新後の日本は富国強兵を推し進めていました。当時の日本はまだ貧しい国でした。ただ軍備に対しては無理な位の整備を行なっていました。ユリス・ナルダンのマリーンクロノメーターは正確無比を誇りました。ただ非常に高価な物でした。当時の帝国海軍は正式装備品としていたのです。日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破した時の日本の軍艦にはユリス・ナルダンのマリーンクロノメーターが装備されていたのです。ここで知ったかの話をひとつ。その時の日本の艦隊の艦船はイギリス製でした。ロシアの艦船はフランス製でした。何が違うの? そうです“アールデコ” と“アールヌーボ”位違っていたのです! 船底の設計が違っていたのです! イギリス製の船底は現在の設計に近いものです! 当時のフランス製の船底は現在採用されておりません。底の丸みがあって波に対して揺れが大きくなるのです。つまり性能が違ったのです! ヘェ〜!
  ユリス・ナルダンもセイコーが起こしたクォーツショックによる大打撃により中断をよぎなくされました。「ガルレオ・ガリレイ」の発表により華々しい復活を遂げ現在天文3部作、フリーク、ソナタ、オートマタ、クロワゾネ、パーペチュアル、マリーン、GMT等幅広い製品ラインナップを展開しています。ユリス・ナルダンは私の特に好きなブランドのひとつです。現在、当社には数本在庫してあります。その他お取り寄せもできます。是非お問い合わせください。よろしくお願いします。次回もお楽しみに。ご意見お便りも待っています。
 
         

Marubishi shokai co.ltd